ネアンデルタール人とホモサピエンス
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(個人的な意見が多く混ざっています)
ネアンデルタール人とホモサピエンスが北半球で共存した時間は今から7万年前から4万年前になると思われる。これはホモサピエンスが7万年前にアフリカ大陸を出て、アラビア半島に到達したとき(7万年前)にはじまり、氷河期が最も強く進行した時期(4万年前)と一致する。この時期は地球の寒冷化が強く進行した時期であり、彼らは過酷な食料不足に見舞われたと想像できる。この食料不足においても生き残る可能性が高かったのは、ケトン体に傾斜した代謝系を持つホモサピエンスであったに違いない。なぜなら絶食したとき、ブドウ糖のもとになるグリコーゲンは半日で貯蔵が尽きるのに対し、脂肪から生産されるケトン体では最低二カ月くらい生存を維持できるからである。ホモサピエンスが地球の寒冷化に合わせて代謝系を長寿型(ケトン体に傾斜したハイブリッド)に進化させたと考えられる。ホモサピエンスは20万年前にアフリカ東部に現れて7万年前にアラビア半島に進出するまで殆ど飢餓の状態を当たり前としてそれに適応した生理的な機構を身に付けたのである。この飢餓の状態で生き残る確率を最大化するための手段がケトン体であり、ブドウ糖とケトン体のハイブリッドで身体を駆動させていたはずだが、現代人よりもはるかにケトン体に傾斜していたに違いないとみている。
ホモサピエンスとネアンデルタール人の体格を比較すればすぐにわかることは、前者は持久力、後者は瞬発力に力点をおいた構造になっていることだろう。ヒトの骨格筋には赤筋と白筋の2種類があり、持久力を得意とする赤筋はミトコンドリアが多く、瞬発力を得意とする白筋はミトコンドリアが少ないとされる。ホモサピエンスは赤筋が多く、ネアンデルタール人は白筋が多かったと推察できる。この二種類の骨格筋は代謝様式も異なることが知られていて、赤筋はミトコンドリアで酸素の存在下で、ピルビン酸やケトン体を使って効率よくエネルギーを生み出せるので、持久力を発揮できる。一方白筋は解糖系でブドウ糖を使ってエネルギーを生み出すため、効率は低いが瞬発力を発揮できる。すなわちネアンデルタール人の方がエネルギー需要量が大きいとともに、これを賄うエネルギーは解糖に依存し、ぶどう糖がメインなエネルギー基質であると予想できる。さらに筋肉量の差から、ネアンデルタール人のエネルギー需要量はホモサピエンスよりも20%程度高かったかと予想されているから、ネアンデルタール人はより多くのエネルギーが必要なのに、エネルギー効率のあまり良くないぶどう糖を使っていたことになる。この差が両者の飢餓状態での生存に決定的な役割を果たしたとも推察できる。このようにホモサピエンスがネアンデルタール人よりもケトン体を効率的に作り出し、効率的に使えていたとしたら、ホモサピエンスは飢餓状態では生存に有利であっただろう。この飢餓状態の中でさらに長く生き残れる可能性のある体制獲得したホモサピエンスが生存競争に有利であったということになる。
ヒトは700万年前に出現したときから、「ブドウ糖とケトン体のハイブリッド」で駆動することが基本になっているが、それぞれのヒトの種類によってどちらに傾斜しているかは変わることになる。構造から、ホモサピエンスがケトン体、ネアンデルタール人はブドウ糖によるエネルギー生産に力点があったことがわかる。この2種類のヒトの運命を分けたものは、この代謝系であった可能性は高いと思う。
まとめながら考察を続ける。人類の祖先は、約700万年前に出現したアフリカの疎林帯に直立2足歩行する類人猿として現れた。人類は殆ど恒常的に飢餓に見舞われたに違いない。ホモサピエンスは度重なる食料不足に見舞われ、飢餓に耐えるようにカラダの機構全てを作り替えた。特に炭水化物に大きく依存するシステムは大変に危険であり、ブドウ糖とケトン体のハイブリッドをより生存の確率の高いシステムとして選択したに違いない。何しろ疎林帯で得られる食材(動物の肉や果実や木の実など)は糖質よりもタンパク質や脂肪のほうが多いのである。
一般に脳は他の組織と比べてエネルギーの需要はとびぬけて大きい。2%の重量で25%のエネルギーを消費している。すなわち燃費効率の悪い脳を正常に機能させるために、身体の構造を進化させたのではないかとさえ思われるのだ。このような脳の大型化が始まるのは、約250万年前にアフリカ東部に出現したホモエレクタスと言われている。それまでの人類(例えばアウストラロピテクス)は600g程度の脳しかなかったが、ホモエレクタスは1100g程度の脳になり、急速に脳を巨大化させたのだ。それまでの人類は木の実なとの採集が主であったのに対して、ホモエレクタスは初めて火を使い、料理を始めた人類だといわれているが、肉を料理して食べることが多くなったのではと推察され、この時にケトン体産生へのシステムの傾斜が強まったのではないか、すなわち恒常的にケトン体が高いシステムに移行したのではないか。これが脳へのエネルギー供給を可能にし、飢餓状態での耐性を人に与えたのではないか。つい最近まで脳のエネルギー基質はもっぱらブドウ糖であるといわれてきた。しかしケトン体があればこそ、脳は正常に機能できると私は確信する。人類が脳を巨大化させたのは、ホモエレクタスが肉を料理して食べることによってケトン体の脳への供給があったからこそ可能だったと思う。またホモエレクタスからホモサピエンスまでほとんどの期間、人類は飢餓の状態にあったといってよく、この状態では脳の消費されるエネルギーのかなりの部分(数mM程度のケトン体の濃度だとすると半分程度)はケトン体から供給されていたと考えられる。ホモサピエンスはこの飢餓に耐えるための体制を基本としているように見え、彼らの子孫である私たちが、脳だけはブドウ糖で動くと考えるのはむしろ不合理である。たとえサブとしてでも、脳でもケトン体をふだんから利用していると考えるのが自然である。