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日記・コラム・つぶやき

空気の澄んだ日

冬になって私が楽しみにしていることの一つに、空気が澄んだ日には東京からでも富士山がよく見えることがあります。今年の正月には私の家の近くや、家族で食事をしたホテルからも富士山がきれいに見えたので喜んでいました。

東京工科大学のキャンパスからも富士山が見えるはずだと、先日、快晴の日に少し探してみると見えるスポットが片柳研究所棟の近くにありました。他にもいろいろなところから見えると思います。

大学も来週から定期試験期間に入ります。寒さと乾燥で体調を崩すことが多いので体調管理には気をつけなくてはいけませんね。

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受験勉強は役に立つか

受験生の皆さんこんにちは。受験勉強は追い込みの時期となりました。健康に十分気を付けてラストスパート頑張ってください。

志望校や受験形態により受験科目も変わってくると思いますが、私大の理科系では英、数、理科の3科目が多いのではないかと思います。これらの科目をしっかり勉強しておくことは、大学の入学後に大変役に立ちます。すなわち、高校で学習するこれらの科目は大学教育の基礎となり、大学教育を受けていく上で必須のものです。

例えば、応用生物学部の1年次の講義科目は微分積分や生命科学、一般化学などがあります。これらの科目は2、3年次での専門教育を受けるための基礎となりますが、高校での数学や生物、化学の勉強が不十分ですと授業について行くのが大変です。また、英語は卒業研究で情報を探すとき、国内外の文献を読むことになりますが、英語で書かれているものが多いです。

以上のように現在頑張って勉強している受験科目は、大学入学後役に立ちます。無駄にはなりませんので受験勉強に励んでください。志望校に合格されることを願っています。

大学院生の中間審査がありました

大学院修士課程は2年間で、そのほとんどの時間を研究に費やします。2年間で中間審査2回、最終審査1回の合計3回の審査があり、審査会では教授陣の前で自分の研究成果を発表し、質疑応答をします。12月21、22日に大学院修士課程の1回目の中間審査会が行われました。

たいていの人は大勢の前で発表することが苦手です。しかし、何度も発表をすることで少しずつ慣れていき度胸もついてきます。大学院を卒業するころには教授と対等に議論できるほどに成長する学生もいます。大学院では専門知識や実験技術を学ぶことはもちろん大事ですが、人前に立って話す経験を積むことも大事です。

大学の先生は教育者でもありますが研究者でもあるので、研究については、普段はあまり見せませんが、強いこだわりがあります。なので、中間審査のような研究発表の場では、ツボにはまると熱くなる場合があります。審査会場は普段見ることのできない先生の姿が見れる場でもあります。

応用生物学部  秋元卓央

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夜汽車

夜汽車という言葉になぜか郷愁を感じます。夜行列車という言い方もされます(まったく同一のことを意味しているか自信はありませんが)。夜を徹して走る列車というと、今では、寝台特急「カシオペア」などが有名です。設備の充実した寝台列車に乗る、どちらかというと贅沢な旅行というイメージでしょうか。私が子供のころ、夜汽車(夜行列車)というと、集団就職列車がありました。地方から中学や高校を卒業した若者が東京の就職先に向かう列車です。もちろん、贅沢な旅行というイメージではなかったと思います。映画「ALWAYS三丁目の夕日」でも集団就職列車のシーンがありました。ただ、子供だった私は、集団就職のための列車を実際に見る機会はなく、大人になるころには無くなっていました。夜汽車→集団就職列車→郷愁という流れは、子供のころ見た集団就職のニュースの影響かもしれません。今のところ、寝台特急に乗る予定はありませんが、日々の仕事を終えて自宅に帰るときに、夜の田舎町を走る列車に乗っています。ポツリポツリと見える家の灯りを眺めていると、心が穏やかになります。研究室は、卒業論文をまとめる時期に入り、4年生は忙しくなってきました。同時に、学生生活の最後の春休みに行く旅行の話題も出ています。名所やテーマパークを駆け足で回る旅行も楽しいですが、先を急がない旅行で、田舎町の夜景をのんびり眺めるのもいいかもしれません。

応用生物学部  高柳勉

カレンダーアプリは便利

こんにちは。本学の大学院生が日頃の研究成果を学会発表しました。場所は神戸ポートアイランドの神戸ポートピアホテルです。初日はiPS細胞研究の山中伸弥先生の公演には大変な人数の聴講者が集まったそうです。私はその時間は大学で仕事があり、終わってから出かけたので、神戸のホテルに着いたのは夜の11時ごろでした。

本学の学生も立派に発表しましたよ。写真は私の研究室メンバーとの記念ショットです(右端が私です)。この日本分子生物学会の2017年会では、他にも吉田研、宇井研、加藤研、矢野研、今村研、岩渕研の学生が発表しました。

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ところで、スマホやタブレットのカレンダーは利用していますか。年会は多くの発表を多会場に振り分けて、同時進行処理することで全ての演題が執り行われるように計画されます。そのために、参加者は計画的な行動がもとめられます。年会で用意されていたオンライン要旨閲覧システムは便利でした。図は山中先生の公演ですが、「スケジュール」ボタンで登録すると、タブレットのカレンダーに転送して表示することができます。紙の手帳も良いですが、タブレットのカレンダーは大変に気に入っています。一度使いはじめたら、やめられなくなりました。

夜景が綺麗な場所

応用生物学部の宇井です。
下記の写真の景色の綺麗な場所はどこでしょうか?

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テレビドラマのロケ

 クラブ活動・サークル活動とか,卒業研究とか,ちょっと,頑張っていることがある学生は,休日に大学へ登校することがあるかも知れません。

 そんな休日に登校してくると,ときどき遭遇するのが,テレビドラマのロケ(ねらって出くわすことはできません)。先日,研究用の分析機器の調整をしようと土曜日早朝に登校してきたら,研究所棟という建物の1階で生の水谷豊に会いました。反町隆史もいたので,多分,テレビドラマ「○○」のロケではないかと考えられます。

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建物玄関から1階ロビーへ水谷と反町が歩くシーンや玄関わきで水谷が携帯電話をかけるシーンがエキストラとともに撮影されていました。

 5月のゴールデンウィークとか創立70周年休業日とか,そういうときも「鑑識」という腕章を付けたおじさんがウロウロしていたり,高校の制服を着たエキストラが大挙して本学の噴水前にいたりということがある。研究室では,「下に警察来てるみたいだけど,なんか事件でもあったの?」「中居正広と栗山千明が出演しているドラマのロケみたいですよ。下だけじゃなくて,坂の上の方でもなんかやってますよ」という感じの会話がされたり・・。でも,学生の皆さんは総じてこういうときも冷静ですよね。ドキドキしているのは,おじさんだけ。

 ということで,ドラマなどの番組の最後の字幕スーパーが流れるときに,よく注意してみると「東京工科大学」と書かれていることがあります。ただし,応用生物学部などがある八王子キャンパスには限らないことに注意が必要だ。たとえば,米倉涼子が「私,失敗しないんで」と台詞を吐く某ドラマでは,八王子キャンパスではなく,医療保健学部などがある蒲田キャンパスの建物の外観が使われている。

使用後の水はどのようにして綺麗にする?

みなさん、こんにちは。
水環境工学研究室の助教の筒井です。

朝起きてトイレに行ったり、食事の時に洗い物をしたり、夜にお風呂に入ったりと、私たちは日ごろ何の不自由もなく水を使って、使い終わった後の水は流してしまっています。その汚れた水は、そのまま環境中に流してしまうと汚染につながるので、綺麗にした上で河川や海に放流されています。
今回のブログでは水を綺麗にする技術についてお話しをしたいと思います。

日本の多くの地域では、流した水は下水道を通って下水処理場に集められて、そこでよごれを取り除いています。ここで活躍するのが、「活性汚泥(Activated Sludge)」という微生物の集団です(下の写真)。活性汚泥はもともと排水に空気を送り込むことで形成された沈殿物のことで、1914 年4 月に英国のアンダーソンとロケットが水をきれいにできることを発表しました。日本ではその後、1930年に名古屋にて下水処理システムに使われ、現在に至っています。活性汚泥中には非常に多様でたくさんの細菌、古細菌、真菌、微小動物が共存しており、空気を送り込んでやることで、細菌などが私達の排出した汚れ(有機物)を分解してくれます。活性汚泥に接触させた後、重力で活性汚泥を沈め、上澄みを消毒することでよごれ(有機物)の少ない水が得られるので、それを河川に放流しているのです。

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活性汚泥を用いた排水処理技術は、社会の変化にともなって、有機物除去効率を上げたり、窒素やリンの除去に対応したり、省スペース化に対応したりするために、一部運転方法などが変更されているものの、100年間にわたって使われ続けており、シンプルながら合理的な技術であると言えるかもしれません。

一方で、その仕組み(どんな細菌が存在しているのか?それらはどんな働きをしているのか?)については、開発されて100年を超えた今でも十分に分かっておらず、謎が残ったまま世界中で活躍しています。また、名前やその見た目からはあまり良いイメージが無い活性汚泥は、従来は廃棄物として捉えられてきましたが、最近では視点を変えて農業への有効利用や、エネルギー源としての利用に向けた研究が進められています。このように、長い間使われている技術である活性汚泥法ですが、視点を変えたり、他の分野の技術の向上によって新しいチャレンジが可能になったりするため、現在でも多くの技術者・研究者が取り組んでいます。

普段目にすることはありませんが、私達はこのような生物に支えられて快適に過ごしているというお話しでした。

 

研究室OBが遊びに来てくれました!

 生命科学・環境コースの矢野です。

 先日私の研究室の卒業生が久しぶりに研究室に遊びに来てくれました。彼はお菓子のカントリーマアムでおなじみの株式会社不二家に勤務しています。このときも大学近くのスーパーでお菓子の市場調査をしたついでに研究室に寄ってくれました。彼が来るときはいつもお土産に大量のカントリーマアムや新商品を持ってきてくれるので、研究室の学生みんなで美味しくいただいています。

 またこのとき、これから就職活動を行う3年生や、すでに就職が決まった4年生に対して、就活のアドバイスや会社での仕事の内容、社会人としての心構えなどを丁寧に教えてくれました。こういうときに、OBとのつながりは本当に大事だなあと感じます。在学生にとっても大いに刺激になったことでしょう。

 在学生が卒業して立派な社会人となったら、ぜひ研究室に遊びに来て、今度は自分たちが後輩の学生にいい刺激を与えてほしいなと思います。

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ビタミンCの不思議

 ビタミンEが脂溶性ビタミンの代表選手とすれば、ビタミンCは、最も有名な水溶性ビタミンである。化学的には L-アスコルビン酸という化合物であり、構造的にはブドウ糖とよく似ている。実際マウスのなどでは、ビタミンCはブドウ糖から酵素で合成され、細胞の中に入る時はブドウ糖と同じ経路で細胞内に入ることが知られている。生体の活動においてさまざまな局面で重要な役割を果たしている。食品に含まれるほか、ビタミンCを摂取するための補助食品もよく利用されているほど不思議で面白い栄養素は他にないのではないか。ビタミンCの血中の生理学的な濃度は70マイクロモル程度だと言われているが、10マイクロモル以下に低下すると、壊血病という重大な病気になる。壊血病になるレベルでなくともビタミンCの濃度が低下すると老化が促進されるという。ビタミンCの不足によって起こる壊血病は霊長類特異的な疾患である。なぜなら哺乳類の中で霊長類だけがビタミンCを自身で合成できないからである。これは霊長類がブドウ糖からビタミンCを合成する酵素が失活しているためである。またこの酵素を失活したのは約6000万年前だと言われている。この時期は地球の歴史の中でそれまでになかった「樹冠」という環境が生まれた時期であり、この樹冠に最も適応したのが霊長類である。この霊長類は樹冠にある豊富にある果実を常に食することができたため、ビタミンCを合成する酵素が失活しても問題はなかったのではないかと推察される。またミトコンドリアの遺伝子変異の研究から、げっ歯類から霊長類が分かれたのがまさしく6000万年前であるとされ、ビタミンCを合成する酵素を失った時期とぴたりと一致する。これらの知見は、ビタミンCの生理的な重要性を示唆しているのである。またこの有力な証拠として、ビタミンCを自身で合成できるマウスでは、この酵素の遺伝子をノックアウトすると、あたかもヒトの壊血病のような症状を示すことが知られている。興味深いことにこのノックアウトマウスは、ガンの発生確率が有意に増加するとい。これはビタミンCの存在がガンの進行を抑制する可能性を示唆するものである。最近ガン治療で流行している高濃度ビタミンC点滴が有効である生理学な根拠としてビタミンCの抗ガン作用が挙げられるが、ひとつはこれである。

 ビタミンCが関わる歴史上有名な事例として、バスコ・ダ・ガマのインド航路の発見(1494年)の航海がある。この航海によって、インド航路が開発され、大航海時代が開始されたとみてよい。このような世界史の教科書に書いてある事実の他に、ビタミンCに関する重大な出来事がある。すなわちリスボンに帰港したとき、船員の半分以上が壊血病で死亡していたという。イギリス海軍の軍人がレモンにこの壊血病を予防する効果があることが発見し、長い航海の場合はレモンを積み込むことをするようになるのは、バスコ・ダ・ガマのインド航路の発見から200年以上経過した後だったのである。逆に言えば、18世紀に至るまで、欧州から南米、欧州からアジアに至る航路を超えて旅行するのは、常に船員の何割かが壊血病で死亡していたと考えられ、文字どおりに命がけの航海だったのである。レモンの中に含まれる抗壊血病因子の発見はさらに200年を要しいている。すなわちセント・ジョルジュというハンガリー出身の生化学者がアスコルビン酸という物質を発見し、これがレモンに含まれる壊血病を予防する成分であることを証明し、ノーベル医学生理学賞を受賞したのは、1937年のことである。まさにセント・ジョルジュのビタミンCの発見によって、ビタミンの研究が当時の医学研究の中心になったといってよい。また本当の意味で壊血病は非常に稀な病気になったのである。

 ライナス・ポーリングという化学者は蛋白質の2次構造の発見でノーベル医学生理学賞(1954年)また反核運動で1962年にノーベル平和賞をとった、当時でも今でのビックネームである。彼の業績の中で当時の医学者にあまり認められなかった仕事に、ビタミンCの関する仕事がある。1950年代から、分子矯正医学という学問を唱えて、彼がビタミンCの大量点滴を行うことになった。特に彼が想定したのはガン治療であり、ガン患者に1日数十グラム(50グラム以上)を点滴することによって抗ガン作用があると報告して、当時の学会に波紋を与え、多くの学者から強い批判を浴びた。このビタミンCの抗ガン作用は、一度はライナス・ポーリングの間違った報告として黙殺されていた時間が長く続いた。これから50年程度経過して、ビタミンCを大量に点滴するとガン患者に有効であるという報告され、多くの研究者がライナス・ポーリングの報告を追試し、その結果が正しかったことを認めた。現在ではビタミンCの大量点滴(1日100グラム程度を毎日点滴)はステージ4のガン患者に効果があるという事例が多数蓄積している。日本においても多くの病院で保険適用外ではあるが、放射線治療、化学治療及び外科治療の補助治療として、末期ガン治療に使われることがある。ライナス・ポーリングのグループは患者に点滴で投与したのに、それに異を唱えて実験を行った人々はビタミンCを経口投与で行うという基本的な齟齬があったのは有名な話である。以下の図で示すように、ビタミンCの経口投与ではビタミンCの血中濃度がmMオーダーまで増加することは殆どないのに対して、大量点滴ではmMオーダーをはるかに超えることも容易である。もうひとつの違いを述べれば、ビタミンCの経口投与では腸管の中で大部分が酸化されてデヒドロアスコルビン酸になるのに対して、大量点滴は血中に酸化されていないビタミンCが大量に存在できるという点で異なっている。酸化されていないビタミンCがmMオーダーで体内に存在できるようにすることが、ビタミンCの大量点滴の抗ガン作用のエッセンスであると考えらえるのである。

応用生物学部 佐藤拓己

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