スーパーミトコンドリアと気嚢システム ―鳥の運動能力の秘密―
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獣脚類や鳥が運動能力を高く持続するためには、酸素の需要(スーパーミトコンドリア)と供給(気嚢システム)のどちらも増加させる必要がある。生物の代謝であっては、酸素の需要と供給どちらも増加する必要があるのに、気嚢システムだけが議論されてきた。まずスーパーミトコンドリアの装着が起こって、その後に気嚢システムの進化が起こった、と筆者は推察する。
(1)スーパーミトコンドリア
哺乳類と鳥類の運動能力には超えられない大きな差がある。哺乳類の運動能力は鳥類の運動能力に遠く及ばない。酸素濃度が低下すると、哺乳類の運動能力との差はどんどん大きくなる。さらに言えば鳥類の運動能力は生物の中でも別次元のものである[1-3]。この理由は、鳥が別次元のミトコンドリアを持っているからだ[4-5]。筆者は、これを「スーパーミトコンドリア」と呼ぶ(図1)。スーパーミトコンドリアは、酸素消費が高く、活性酸素が低く、脂肪の合成が低い[6-8]。鳥はスーパーミトコンドリアで細胞が満たされているため、活性酸素を作らずに、常にフルパワーでエネルギー基質を生産することができる。
哺乳類は強度の高い運動をすると、酸素消費は増えるが、活性酸素の放出量はそれ以上に増える。この意味で、哺乳類ではミトコンドリアを活性酸素の発生源と理解することが可能だ。しかし鳥は異なる。むしろミトコンドリアは活性酸素を除去する装置である。だから細胞内に大量のミトコンドリアをかかえていてもほとんど活性酸素が増えることはない[4-5]。ジュラ紀になって酸素濃度が高くなると、スーパーミトコンドリアを持つ獣脚類の運動能力はさらに増強され、空へ飛び立つことになる。白亜紀には鳥は翼竜を生態系の端に追いやってしまった [4]。
いつスーパーミトコンドリアを獲得したのか?獣脚類が鳥に進化するのはジュラ紀後期とされているが、このとき既に酸素濃度は高いので、ミトコンドリアを急激にスーパーミトコンドリアに変える理由が見当たらない。唯一考えられるのが飛行のために、ミトコンドリアをスーパーミトコンドリアに変えたということである。これはありそうもない。それよりもスーパーミトコンドリアを既に装着していて、高い運動性能をもっていたから、飛行できたと考えるのがはるかに合理的である。スーパーミトコンドリアの装着は、PT境界(2億5千万年前)の直後、極端な低酸素に適応するため非常に短い時間の間で起こっただろう[4](図2)。
(2)気嚢システム
鳥類と哺乳類の決定的な差を生み出しているもう一つの要因は、気嚢システムである[1-3]。これにより鳥類の肺は常に酸素濃度の高い(新鮮な)空気で満たされる。空気が一方向に流れ、吸気と呼気(排気)が混ざり合わないからだ。これに対して、哺乳類の肺は行き止まりの構造(単なる袋状の構造)なので、新鮮な空気と酸素濃度の低い空気が混ざり合ってしまい、ガス交換能力が高くない。鳥類では大きな骨(たとえば脊椎、頸椎、胸骨、上腕骨など)の多くは、中が空洞になっていて、気嚢がこの空洞に入り込んでいる(図3)。
鳥類は気嚢を持つことによって、鼻腔から入った空気は流速をほとんど変えることなく、全身を回って口から出てゆくことになる。この体全体を通る空気の流速が速ければ速いほど、ガス交換能力が増加することになる。気嚢システムのもうひとつの機能は、放熱である。何せ、気嚢は全身を空気が循環する最高の空冷システムだ。特に特別な放熱システムがなかった骨盤や大腿骨周辺の放熱には最適だ。このため何時間でも持続して飛行できるのだ。
応用生物学部教授・佐藤拓己
「恐竜はすごい!鳥はもっとすごい!」の著者
参考文献
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- 3. Laguë SL. High-altitude champions: birds that live and migrate at altitude. J Appl Physiol (1985). 2017 Oct 1;123(4):942-950. doi: 10.1152/japplphysiol.00110.2017. Epub 2017 Aug 24. PMID: 28839002; PMCID: PMC5668450.
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