“ラクトフェリン”—脊髄損傷治療薬への挑戦—
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アンメットメディカルニーズ (Unmet Medical Needs)という言葉をご存知でしょうか?未だ治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのことで、より具体的なものとしては、治療法が見つかっていない疾患の治療薬が含まれます。私の研究室ではこのアンメットメディカルニーズに応える治療薬の開発を目的として、大学院生や学部生が日々新しいバイオ医薬品の開発に取り組んでいます。特に我々の身体で我々の健康を保つために自然免疫で機能する“ラクトフェリン”というタンパク質に着目して研究を進めています。
ラクトフェリンはミルクに多く含まれるため、機能性食品としての開発が進んでいる分子ですが、医薬品としての開発実績はありません。えっ、食品が薬になるの?と驚いた方も多いのではないでしょうか?ここでは、私達の研究グループが見出した意外な?ラクトフェリンの機能をご紹介したいと思います。
上述したアンメットメディカルニーズの一つに、脊髄損傷治療があげられます。脊髄損傷とは事故などで、脳と身体を繋ぐ神経の束である脊髄が損傷することで、運動や感覚機能などに障害を生じる病態を指します。この治療薬として、ラクトフェリンが有望ではないかいう可能性を我々は見出しました。脊髄損傷の病態主要因は、脊髄損傷後に起こる活性化アストロサイトからのコンドロイチン硫酸プロテオグリカン (CSPG) の産生、分泌であり、CSPGを受け取った神経の成長円錐はその機能が崩壊して、神経軸索伸長が著しく阻害されることがわかっています。ラットの脊髄損傷モデルで、CSPGを消化する酵素コンドロイチナーゼABCを投与すると、その病態が著しく回復することから、CSPGは脊髄損傷の病態主要因であることが改めてわかります。したがって、CSPGは脊髄損傷治療の創薬ターゲットとして有望なことから、製薬企業はCSPGに結合して、その毒性を中和する分子を探索してきましたが、有望な分子は報告されておりません。
私の研究室では、中村真男助教を中心とする研究室グループが世界に先駆けてヒトラクトフェリン (hLF) が硫酸化グリコサミノグリカンに結合すること、特に脊髄損傷時の原因分子であるコンドロイチン硫酸 E (CS-E) に結合して、その毒性を中和することを見出しました(特許出願済み)。具体的には、ニワトリ胚脊髄神経節(DRG) 神経細胞を用いて、CS-Eによってもたらされた成長円錐の崩壊、並びにそれに伴う神経軸索伸長阻害がhLFにより回復できることを確認しました。さらに、研究室で開発した血中安定性が向上したヒト血清アルブミン (HSA) との融合製剤であるhLF-HSAは(特許出願済み)、hLF単独よりその効果を示しました。我々が狙っているアンメットメディカルニーズは、例えば、上述した脊髄損傷、敗血症(動物実験で病態発症後の治療効果を確認済み)、ガンなどで、製薬会社の知人らからはチャレンジングだねえ・・・とからかわれていますが、大いに本気です。何より嬉しいことは、この苦難を伴うチャレンジを学生がやりがいに感じてくれて、一生懸命に取り組んでくれることなのです。