恐竜が温血動物であるという学説
| 固定リンク 投稿者: 応用生物学部スタッフ
1993年に発表された「ジュラシックパーク」というスピルバーグ監督のヒット映画を皆さんは御存知だろうか?当時は恐竜が生きているように動く特殊撮影が話題になったものである。最も私の興味をそそったのは、ラプトルが高い運動能力のある動物として描かれている点である。時速60Km以上で長時間走行し続け、10m以上のジャンプをする姿は刺激的で、それまで多くの人々が恐竜に対して持っていたイメージ「恐竜は愚鈍な生物」を一変させるのに十分だった。もうひとつ興味をそそったのは、恐竜のあの姿勢である。頭から背骨そして尾まで一直線になっていて、骨盤を中心としてこれが腱で繋がれている構造を基にしているのである。私が小学校のころは背骨はもっと立っていてゴジラと同じような姿勢の動物として描かれていた。このゴジラ型の姿勢では、がに股のような歩き方になり、高速の移動は不可能である。
恐竜が生物進化において成し遂げたものの最も大きな貢献は、骨盤を高く持ち上げ、大腿骨が体軸の真下の方向についていることである。二畳紀の終わりごろ(今から二億五千万年前)には原始的な哺乳類が出現し、温血性を既に獲得していたと考えられるが、三畳紀の初めごろ(今から二億二千万円前)には殆どの哺乳類は絶滅したことがわかっている。これは哺乳類が恐竜類との生存競争に負けたゆえであることに違いないが、その当時の哺乳類はまだ骨盤を、恐竜類ほどには高くもちあげてはいなかった。これは大腿骨が骨盤と連結する角度が、爬虫類よりも斜めではなかったが、恐竜よりも斜めの方向にあったのである。すなわち哺乳類は骨盤を恐竜類ほど高く持ち上げていなかったために運動能力が恐竜類よりもはるかに低く、数百万年という短時間で地球上から駆逐されてしまったのではないか。哺乳類が骨盤を恐竜類と同じように高く持ち上げるのは、ジュラ紀以降ではるかに恐竜類より遅かったことがわかっている。
現在の生物では骨盤を高く持ち上げている生物は、哺乳類と鳥類だけである。恐竜や鳥類において、この姿勢から、運動性能を最大限に引き出すためには、背骨を殆ど水平にして、頭から尾まで一直線にする構造が必要なのである。爬虫類や両生類では、骨盤から大腿骨が斜め方向にでているために、体重を骨盤と大腿骨で支えることができない。このため哺乳類・鳥類と爬虫類・両生類では運動性能に決定的な断絶がある。この背景から、恐竜が骨盤を高く持ち上げる利点を生かさず、その利点を帳消しにしてわざわざ鈍重にゴジラのように動くと考えるほうが不自然であると言える。高速で移動するためには頭を下げ、背骨を一直線にすれば、膝を高く上げ、大きな歩幅で走ることが可能になる。さらにこれらの骨格上の構造的な要件の他に、恐竜の高い運動性能には、二つの生理学的な条件が必要である。
- 体温を高く保つこと
- 高いガス交換能力
恐竜がこのふたつの能力を備えると研究者が考えるようになったのはいつからなのか?恐竜、特にラプトルやチラノサウルスなどの獣脚類は高い運動能力をもっていたという仮説は、古くは19世紀から存在したが、最も大きな契機は1960年代のエール大学のジョンオストロム教授の小型獣脚類のデイノニクスの研究である。デイノニクスは最初鳥類と間違えられる程、基本的な骨格が類似していた。特に骨盤や下肢の骨格はデイノニクスが現在の鳥類と同じ程度あるいは、それ以上の高い運動能力がある可能性が高いことを示唆していた。デイノニクスがもしそのような高い運動能力があると仮定すれば、体温が普通の状態でも高く維持されているとオストロム教授は考えた。しかしながら当時大多数の専門家は、恐竜は現在の爬虫類に近く、体温を高く維持する能力がなかったと考えていた。このためオストロム教授は周囲との摩擦を避けるためにひかえめに恐竜の温血性を指摘したのだ。デイノニクスは骨格から見て高い運動能力がある可能性が高いが、もしこれが正しいとすると、この小型の獣脚類は温血性を獲得していた可能性があると控えめに主張した。これらの背景から、オストロム教授の研究は恐竜や鳥類を対象とした専門家に高く評価されつつも、一般の人々の、「恐竜は運動能力の低い冷血動物である」という常識に大きな衝撃を与えるものではなかった。
この状況に変化が起こり始めたのは、1970年代にエール大学のオストロム教授の研究室に、ロバートバッカーが大学院生として現れてからである。オストロム教授が、恐竜の温血性の可能性の議論を、小型の獣脚類に限定していたのに対して、バッカーは、獣脚類はもちろんのこと、竜脚類や翼竜までも温血性を持つと考えた。北米古生物学会において、この学説を発表し、賛成と反対入り混じる大きな議論を引き起こした。さらに「恐竜異説」という書籍を発表し、学会の外にいる一般の人々にも、「恐竜温血動物説」を訴えかけた。最終的に、この書籍の発売によって、専門家以外の恐竜に興味のある一般の人々に強い衝撃を与えることとなった。常に理知的で証拠を積み上げるタイプの研究者であるオストロム教授と、新しい仮説を提示し、シンプルなモデルを提示するロバートバッカーのコンビはそれまでの学会と社会の常識をに強い衝撃を与えるのに十分な影響力を持っていた。「恐竜温血動物説」は学会だけでなく、一般の人々をも巻き込んで大きな議論となった。現在では、少なくとも獣脚類や翼竜は温血動物であるとする専門家が多く、2000年代に入ってから、中国において獣脚類に羽毛の痕跡があることが発表され、今や殆ど定説になりつつある。
多くの専門家がバッカーの「恐竜温血動物説」に同意するに至る最も大きな契機は、鳥類だけが持つとされる「気嚢」という構造が恐竜にもあることがわかったことである。気嚢というシステムは肺におけるガス交換の効率を2倍から3倍に上げるためのものであり、車で言えばターボエンジンみたいなものである。鳥類が飛行という特殊能力を見つけることができたのは気嚢によって高いガス交換の能力をもつことができたからだと言える。陸上にいる動物ではチーターが時速120km以上で走行できるが、この状態を10秒と継続できるものではない。実際の走行距離は数百メートルもない。この状態を維持するだけの肺のガス交換の能力を哺乳類は持ち合わせていないためだ。これに対してダチョウは時速60km以上で最低でも何十分も持続して走行することが可能である。この時走行距離は数十キロに及ぶ。このダチョウの、卓越した長時間にわたる走行能力は、哺乳類では到底到達できないレベルのガス交換の能力を持ち合わせているからである。この高い持続的な運動能力こそが、気嚢の存在によって可能になっているのである。気嚢があるということは高い酸素消費があったことを示しており、酸素消費は高い体温と高い運動能力があったことの有力な証拠と考えてよい。実は、現在のダチョウはこの高い運動性能を100%生かしていない。それはダチョウが頭を背骨の上に立てたまま走行するからである。もちろんこれは、見通しが効く草原の中で生きるために肉食動物を警戒するためであるに違いないが、この姿勢は却って運動性能を犠牲にしている。その運動性能を100%生かすためには、頭を下げ、尾まで一直線にすることが必要である。この理想的な走行姿勢こそが、映画ジュラシックパークでみたラプトルの走行姿勢なのである。筆者が想像するに、ラプトルは時速80km程度のスピードで数時間くらいは走行し、ジャンプは10m以上できた可能性がある。この高い運動能力は気嚢があることを前提にしている。ラプトルは時速80km程度のスピードで、他の恐竜を何時間も追跡して、獲物が疲労したところで10m以上のジャンプして仕留めるという狩りの方法を採用していたと考えられる。もし6500万年前の大絶滅において、陸上の小型の肉食獣脚類が1種でも生き残ったら、あるいは哺乳類のイヌ属やネコ属は生存競争に勝てたかどうかはわからない。それ以降の生物進化が大きく異なるものになっていた間違いあるまい。
日本の中学校の生物(第2分野)では「脊椎動物には魚類、両生類、爬虫類、鳥類及び哺乳類」があり、恐竜は爬虫類に分類される」のように教えられているが、実はこの決まり決まった常識を変えるような提案がなされている。この提案の基盤になった研究もあのオストロム教授の研究であり、一部の小型獣脚類は骨格が高い類似性を有していて、鳥類はこのような高い運動能力をもったデイノニクスと似た恐竜から進化したのではないかという仮説である。現在では、鳥類は実は獣脚類の一部のグループとみたほうがいいのではないかと述べる鳥類の専門家も多いのである。すなわち鳥類は小型獣脚類の生き残りということである。するとこの考えに忠実に従うと、「脊椎動物には魚類、両生類、爬虫類、恐竜類及び哺乳類」があり、「鳥類は恐竜類の唯一の生き残り」としたほうがより正確かもしれない。
実は著者は、1976年に岩手県の一関市花泉町というところで、公立の中学校に通う普通の中学生であったが、たしか新書でバッカーの著作「恐竜動物温血説」を読んで、バッカーの歯切れのいい主張に感動し、生物学に興味をもったのである。私が今生物学を専門にしているのは、あの時の食い入るように見た書籍の恐竜の骨の写真にキッカケがあったのである。大学で生物学を専門としてからも、恐竜研究に対して高い関心をもってきたのである。その間、大学院生にすぎないバッカーが今までの常識に挑戦し、その常識をバッサリと切り捨て、新たな仮説を提示していく姿にカッコよさを感じたものである。