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研究生活で最近思うこと

 今から約800年ほど前の1212年、鴨長明という人物が随筆『方丈記』を著した。世の無常観、はかなさを短くうたいあげたものだが、この中で、たった一ヶ所だけ「景気」という言葉が登場する。移ろい行く「景色」や「気配」を短く表現したと思われる言葉である。この言葉は、常に変動し、不安定な、この世の覚束なさを現すという点で、経済社会の覚束なさにそのまま当てはまりそうである。だが、この変動する景気なるものの正体を見極めることほど厄介なものはない。その厄介なことに、わざわざ飛び込んでしまった自分を今頃忌まわしく思う。また、あまりにつらいものだから、ついつい投げ出してしまいそうにもなる。

 とはいえ後戻りもできず、気を取り直して景気を眺めると、1990年代以降の超長期の経済停滞は、移ろい行く景色や気配を優雅に、のん気に眺めていられるようなものではないことに気付く。90年代の終わりごろには「失われた10年」、2010年近くになると「失われた20年」と揶揄され、日本経済が、通常の経済システムでは考えられないような異常な状態に陥っていることが鮮明になっている。当然ながら、その原因探しに没頭せざるを得なくなる。そこでまた暗闇に迷い込む。暗闇であがいているうちに、あることに気付いた。それは、この国のかつての栄光の源が崩れかけていることである。日本企業の輸出競争力の低下がそれを示している。

 この間に日本経済に何が起きていたのだろうか。円高、新興国企業の台頭、国内のコスト高、法人税率が国際的に高いことなどなど。だがそれらは、競争力の低下要因とするほどのものではない。かつて高い競争力を誇ってきた日本企業は、そのような問題を次々に乗り越えてきたはずである。にもかかわらず、なぜこのような事態に陥ったのか。その根源に、人材育成を未来への投資ではなく単にコストとみなす風潮に流されてしまったことがあるように思われる。人材なくして競争力が強まるはずもない。「失われた30年」の声を聞きたくなければ、まずは人材の育成に真剣に取り組むことが必要であろう。また厳しい就職環境を前にして思うのは、学生諸君には決してあきらめずに、汗を流し知恵を絞り、自分の能力を高める努力を惜しまずに払い続けて欲しいということである。景気は確かに変動し、覚束ない。けれども経済は、同時に人間の体のように自己保持、自己再生力も併せ持っており、いつかは回復する。そのときに備えて努力を払い続けて欲しい。その延長線上にこの国の未来が見えてくる気がする。    

(応用生物学部教授 工藤昌宏)

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