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弊衣破帽(へいいはぼう)

 昔、擦り切れた服に破れた帽子が、格好良い大学生(旧制高校生)の象徴だった時代がありました。現代の若者はどうだろうと考えてみたら、お尻が見えるようなズボンの履き方や、いかにも悪者ですというような化粧など、おとなの社会では受け入れられない身なりを格好良いとする伝統は脈々と引き継がれているのかと可笑しくなりました。では、昔の若者がそういう服装をしながら、高邁な哲学を語り、深遠な数学を究め、あるいは広範な政治経済の理論を戦わせていた、ひたむきさはどうなったでしょうか。

 ゲームの得点や、他人から良く見られることや、得になる事ばかりを求める若者が増え、「他人に何と言われようとこれをやる」という人が見つけ難くなりました。原因として、ひとつには大学生の数が増え全体のレベルが低下したことがあります。もう一つは草食系化とも言える、平々凡々と安楽を好む風潮があります。人並みの事さえしていれば、何とか食べていける豊かさが、青年の一徹さを妨げています。

 さて、ここへきて就職が急に難しくなりました。企業が社内教育を止め、すぐに使える人材を求め始めたため、誇るべき実績を持たない学生が淘汰されているのです。この状況を乗り切るには、「たとえ格好悪く思われようと、集中すること・一途になる事が大切だ」と認識させ、実行させなければなりません。ひとりひとりの学生に、君が大学時代に手に入れたいものは何なのかと、問い詰める必要があります。実際、疎外を恐れず、望ましい自分を作りあげるべき時は、今しかないのです。

 私もまた、自分とは何かを問い直しながら、真摯に学生に対して行きたいと思います。常に学生に課題を与え、できるだけ多く面接しましょう、たとえ嫌われようとも!

(食品工学研究室 教授 山下隆)

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